東京地方裁判所 平成8年(ワ)20623号 判決 1998年11月30日
東京都新宿区大久保二丁目二五番二三号
原告
株式会社サニーダ
右代表者代表取締役
神谷昭
右訴訟代理人弁護士
長谷川純
東京都港区虎ノ門三丁目二番二号
被告
財団法人日本建築センター
右代表者理事
救仁郷斉
東京都千代田区平河町一丁目七番二〇号(平河町辻田ビル)
被告
財団法人建築保全センター
右代表者理事
高野隆
被告ら訴訟代理人弁護士
遠藤厚之助
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一)(1) 原告は、給排水衛生設備の設計施工を営む会社である。
(2) 被告財団法人日本建築センターは、昭和四〇年八月七日、建設大臣の許可を受けて設立された財団法人であり、建築に関する調査研究、技術開発等を目的とし、被告財団法人建築保全センターは、昭和五三年四月一日、建設大臣の許可を受けて設立された財団法人であり、国の建築物の保全に関する調査研究、技術開発等を目的とする。
(二) 建設大臣は、昭和六三年九月二七日、民間開発建設技術の技術審査・証明事業認定規程(昭和六二年七月二八日建設省告示第一四五一号)三条一項の規定により、被告らの建築物等の保全技術・技術審査証明事業を認定した。
2(一) 近年、中高層の建築物の水道配管(給水管)が年月の経過によって錆等により劣化し、赤錆の水への混入等の支障が生じたため、配管を取り外すことなく、給水管の内面に塗残しのないように防錆塗装膜を形成することにより給水管を更生する技術の開発が必要とされていた。
また、水道管には、昭和五五年ころから、鉄管内に厚さ約二ミリメートルの塩化ビニルを内張りした塩ビライニング管(VLP管)が使用され始めた。VLP管は、管内が錆びないものとされていたが、昭和五九年ころから、VLP管の継手部分に赤錆が発生することが分かり、その対策が必要とされていた。
(二) 原告は、昭和五六年から右管更生の研究及び同更生の事業を行い、昭和六〇年ころには、管内面の塗装の前段階である管内面の研磨について、一方向からの研磨だけでは管継手部分の錆を除去することができず、管内面を完全に研磨するためには配管の二方向から研磨を行うことが不可欠であることを見出し、昭和六二年ころには、管内面の塗装について、エポキシ樹脂塗制の一回の塗装では高い確率でピンホールが発生し、管内面のピンホールを完全に無くすためには塗装を二回行うことが不可欠であることを見出し、平成元年ころから、管内面を二方向から研磨し、二回塗装することを中核とした工法をダブルライニング工法と称し、右工法により管更生の事業を行ってきた。
3(一) <1>VLP管において一方向研磨によっては継手部分の錆は除去されないこと、<2>VLP管においてエポキシ樹脂塗料の一回の塗布だけでは高い確率でピンホールが発生することは、原告の営業秘密であった(以下、右の各情報は、「情報<1>」、「情報<2>」と表示する。)。
(二) 情報<1>、<2>は、それ自体には積極的な価値はないが、その情報を競争者が知れば研究開発費用を節約することができるものであって、技術上又は営業上の有用性がある。
(三) 国情報<1>、<2>は、公然と知られていなかった。
(四) 原告は、情報<1>、<2>のもととなる資料にナンバーを付して管理し、実験等の測定結果は秘密として厳しい情報管理を行っていた。原告は、ダブルライニング工法を施工させるために施工会社と業務提携契約を締結したが、その中で秘密保持義務を定め、秘密が漏洩されないように管理した。
4(一) 原告は、被告らに対し、「給水管更生技術 ダブルライニング工法」について技術審査証明依頼を行い、平成五年一月二五日、技術審査証明を受けた。原告は、その後、再度、「給水管更生技術 ダブルライニング工法(樹脂被覆鋼管製給水管用)」について技術審査証明依頼を行うこととし、その申込事前打合せのために、平成七年六月六日、被告らの給水管更生技術専門委員立会いのもとで、VLP管について性能確認試験を行ったが、その際、被告らに対し、情報<1>、<2>を示した。
(二) 被告らは、平成七年六月ないし一二月ころ、東京都千代田区大手町一丁目七番二号所在の株式会社東京ライニング、東京都千代田区大手町一丁目七番二号所在の日本設備工業株式会社、東京都品川区東品川二丁目二番二〇号所在の日本軽金属株式会社、大阪市中央区平野町四丁目一番二号所在の大阪ガス株式会社、大阪市東成区中道一丁目四番二号所在の大阪ガスエンジニアリング株式会社に対し、情報<1>、<2>を開示した。
(三) 被告らは、右開示に当たり、右各会社から技術審査証明料として各三〇〇万円を受領するという不正の利益を得る目的を有しており、また、原告に開発利益の喪失という損害を加える目的を有していた。
5 被告らが、右のとおり原告の営業秘密を開示したことにより、原告は、右4(二)の各社から右営業秘密の使用料を取得することができなくなり、その額は一年間に二億五〇〇〇万円を下らない。
6 よって、原告は、被告らに対し、不正競争防止法二条一項七号、四条に基づき、連帯して、右損害の一部である五〇〇〇万円及びこれに対する不正競争行為の後である平成八年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)(1)の事実は不知であり、(2)の事実は認める。
(二) 同1(二)の事実は認める。
2 同2(一)、(二)の事実は不知。
3 同3(一)ないし(四)の事実は否認する。
4(一) 同4(一)の事実のうち、原告が、被告らに対し、ダブルライニング工法の技術審査証明依頼を行い、技術審査証明書の交付を受けたこと、原告が、平成七年六月六日、被告らの給水管更生技術専門委員立会いのもとで、VLP管につき性能確認試験を行ったことは認め、その余は否認する。
(二) 同4(二)、(三)の事実は否認する。
5 同5、6は争う。
理由
一1 甲第二号証、第一九号証、乙第三号証及び弁論の全趣旨によると、請求原因1(一)(1)の事実が認められる。
請求原因1(一)(2)の事実は当事者間に争いがない。
2 請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがない。
二 甲第二ないし第二〇号証、第二五号証、乙第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六号証及び弁論の全趣旨によると、請求原因2(一)、(二)の事実が認められる。
三1 原告は、情報<1>、<2>は公然には知られていなかった(請求原因3(三))と主張するので、まず、この点につき判断する。
2 乙第三号証及び弁論の全趣旨によると、乙第三号証の二枚目以下に記載された記事は、雑誌「リフォーム」の平成六年四月号に掲載された「給水管更生技術『ダブルライニング工法(審査証明第九三〇一号)』の技術概要」と題するものであり(以下、乙第三号証の二枚目以下に記載された記事を「本件記事」という。)、原告のダブルライニング工法を紹介したものであること、原告は、本件記事の抜刷りに表紙を付した乙第三号証を、同年五月一〇日から晴見国際見本市会場で開催された「リフォームテクノショー九四」において配布したこと、本件記事の冒頭部分には、「本稿で紹介する『ダブルライニング工法』は、・・・給水管内の錆をエァサンドで取り除き、エポキシ樹脂塗料をエアーによる塗布と、伸縮性を有するボールによる塗布の二工程によって均一に塗布するというものである。」と記載されていること、本件記事の「1技術の概要」には、「既存の建築物に施工された鋼管製給水管(亜鉛メッキ、樹脂ライニング管を含む)と長年の通水の結果、錆による赤水の発生、給水量の減少等、給水機能の低下を来すようになる。本工法は、これらの問題を解決するために、配管を取り外すことなく、管内面に耐久性能の高い防錆塗膜を形成し、配管の延命を図ることを目的として開発された技術である。」と記載されていること、以上の各事実が認められる。
3(一) 本件記事の「3既存技術との対比(1)サンドブラストによる管内研磨<1>」には、「管内の研磨に際し、従来技術は一方向研磨なので継手部に赤サビが残ることがある。本工法は二方向研磨でこの問題を解決し、研磨性能の向上を図っている。」と記載されており、「<3>」には、「樹脂ライニング管にあっては、継手部と直管部との口径差が大きく、二方向研磨及びボールによる管内検査が不可欠で」と記載されている。
本件記事には、給水管を縦方向に切断して内面が見えるようにした写真が掲載されており、内面に錆が残った管の写真には、「一方向研磨のみ、赤錆が残っている。」という説明が付され、内面に錆が残っていない管の写真には、「二方向研磨済、赤錆は完全に除去。」という説明が付されている。
(二) 右(一)の事実に右2の事実と弁論の全趣旨を総合すると、本件記事は、VLP管において、一方向研磨を行ったのみでは、継手部分の錆は、残存し、完全には除去されないことが記載されているものと認められるから、情報<1>は、本件記事において公に開示されたものと認められる。
4(一) 本件記事の「1技術の概要<6>」には、「ピンホールのない耐久性の高い防錆塗膜を継手部に形成するために、下塗り上塗りを含め二回以上の塗布を行う。」と記載されている。
本件記事の「3既存技術との対比(3)継手部の塗布性能<1>」には、「塗膜形成に際し、従来のエア塗布の技術では、継手部の複雑な圧力分布や口径の急激な変化等が原因で、継手部に完全な塗布面を形成することが理論的にも技術的にも困難で、下塗り、上塗りの二回以上の塗布を行っても予定塗膜厚の確保及びピンホールの発生を完全に防止することが出来なかった。」という記載があり、「<2>」には、「本工法では、既に塗料の塗り残しのないことが確認された管路にボールを通過させて、管の継手部の塗布を完全に行う。この方法は、特許公告平五-四六二七二に示すように理論的にも技術的にも適正なので、この工程を下塗り上塗りを含め二回以上行うことで、同時に管全体にピンホールのない塗膜が形成され、塗膜の耐久性の向上を図ることができる。」と記載されている。
本件記事の「3(4)直管部の塗膜厚の調整<1>」には、「従来のエア塗布の技術で、継手部に予定塗膜厚を確保し、ピンホールの発生を防止するために複数回の塗布を繰り返すと」という記載がある。
本件記事には、給水管を縦方向に切断して内面が見えるようにした写真が掲載されており、内面に塗りむらが残った管の写真には、「一方向塗布のみ、塗りムラがある。」という説明が付され、内面に塗り残しがない管の写真には、「二方向塗布済、塗り残しはまったく認められない。」という説明が付されている。
(二) 右(一)の事実に右2の事実と弁論の全趣旨を総合すると、本件記事では、VLP管において、ピンホールを無くすためには、エポキシ樹脂塗料の塗布を二回以上行うことが必要である旨の説明がされているものと認められるところ、その説明は、一回の塗布では高い確率でピンホールが発生することを当然の前提としているものということができ、ピンホールが発生するという右事実は、本件記事から容易に読み取ることができる。したがって、情報<2>は、本件記事において公に開示されたものと認められる。
5 以上によると、情報<1>、<2>は、遅くとも平成六年五月一〇日には、いずれも本件記事により公に開示されたものと認められるから、情報<1>、<2>は公然と知られていなかったという原告の主張は、採用することができない。したがって、情報<1>、<2>は、平成六年五月一〇日以降においては、営業秘密には当たらない。
四 よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)